森下友喜
青田のほとりに並んで立つ、森下友喜と寺井さん
2026年7月20日美山・寺井さん

田んぼが結んだ、ふたつの文字 ――「吟」と「則」

美山の田んぼで稲と向き合う、寺井さん。田んぼで出会った森下友喜が贈った文字が「吟(ぎんみ)」、そして亡き奥様へ捧げた「則(そく)」でした。

それは、上手に書くための技術ではなく、その人を想って「ふっと」生まれた書――森下の書のいちばん奥にあるものが、この二枚には表れています。

01田んぼでの出会い

森下と寺井さんを結んだのは、稲作のご縁でした。長く機械の世界で歩まれたのち、農業の道へ――農業を学ぶ人たちに教えることもある、稲づくりの先達です。

そのころ寺井さんは、奥様の良子さんを突然の事故で亡くし、深い喪失のただ中にありました。何をする気力も湧かないなかで訪れた、田んぼでの日々。

手伝いに来ていた森下が、泥のなかで小さな機械に無邪気にまたがり、はしゃぐように走らせている。その屈託のない姿に、寺井さんは思いがけず心を救われたと言います。二人のご縁は、この田んぼから始まりました。

02「吟」―― 真摯な姿勢を映して

ある日、森下の頭に「ふっと」浮かんだのが、「吟」という一文字でした。額に添えられた解説書きには、こう記されています。

「吟」ぎんみ

一番の理由は直感ですが

寺井さんの吟味を重ねる真摯な姿勢・志は作物に宿り

食べる人の心を解きほぐしています

不安は愛情の裏返しです

ご縁に感謝 これからも宜しくお願いします

作物と真剣に向き合い、丹精を込める――その姿勢を「吟味」の一字に託した書です。寺井さんはこの一枚を、専用にあつらえた額に納め、いまも事務所に飾ってくださっています。

03「則」―― 亡き奥様へ

良子さんは、誰からも「良子ちゃん」と呼ばれて親しまれた、まっすぐで明るい方だったと言います。

深い悲しみのなかにいた寺井さんに、森下はもう一つの書を届けます。亡き良子さんを想う一文字――遺された一枚の写真から、森下は「則(そく)」の文字を得ました。

「則」そく

良子さんの写真を見たときに閃いた文字です

育った環境が規則に則った家庭で過ごされたからこそ

自由の有り難みを知り、良子さんは寺井さんに対して寛容的で

自由であることを許したのだと思います

その歩みがお二方の器を大きくし

互いへの深い愛情が形作られました

規則に則った家庭に育った良子さんだからこそ、自由の有り難みを知り、寺井さんを寛容に受けとめた――。ふたりの歩みが互いの器を大きくし、深い愛情を形づくった。そう読み解いた言葉が、「則」の一字にそっと寄り添っています。

04技術ではなく、想いを届ける

「技術があるほど、表現の幅は広がる。けれど、思ったことをそのまま紙に映すのは、また別のこと」――森下はそう語ります。

誰かを想って筆を執るとき、書はただ上手いだけではない、別の何かを宿す。寺井さんとのご縁は、森下自身にとっても、書を続けてきてよかったと感じられる出来事でした。

05「田んぼは足音で大きくなる」

寺井さんが大切にしている言葉があります。「田んぼは、足音で大きくなる」。毎日足を運び、目をかけ、手をかける――その積み重ねが、稲を育てる。

作物への向き合い方は、そのまま人への向き合い方でもあるのかもしれません。いまも寺井さんの田んぼには、子どもたちや仲間が集い、たくさんの「ありがとう」が寄せられています。

田んぼが結んだご縁は、ふたつの文字となって、これからも受け継がれていきます。

撮影の記録